アフガニスタン全体の治安状況はこれまで以上に混迷しています。タリバーンの攻撃対象も拡大していますし、外国軍による民間への被害も後が経ちません。アフガニスタンNGO安全事務所(ANSO)のレポートによると08年の1月〜3月のみでNGOへの攻撃が29件と報告されています。(昨年1年間で30件)また、ケシにかわる代替作物計画も進まず、小麦や野菜栽培に転作させようとしていますが、逆にケシの収量が増えています。その利益は反政府組織の資金源だけでなく、行政官の腐敗にもつながっているのです。また今年4月末におきたカブールでのカルザイ大統領暗殺未遂では、タリバーンのみならずアフガニスタン警察も関与していることがわかり政府の治安能力に関しても疑問が改めて提示されました。そのような現状で一般のアフガニスタン人すら欧米の軍事政策に反発を強めていますが、NATOを始めとする欧米諸国は兵員増強により事態の打開を図ろうとしています。同時にNAGOは、同時に軍人とPRT(地方復興開発チーム)と呼ばれる文民の混合チームを26チーム、アフガニスタン全土で展開し、事業支援地の視察も行い、特に米軍によるものは諜報活動の一環となっています。かつて05年にJVCもクナール県において米軍PRTによる被害を受けたことを報告しましたが、今年4月20日、米軍(PRTまたは特殊部隊)がJVCの支援するゴレーク診療所を訪問し、JVC医療スタッフを含む住民へ食料を配布しました。このような事件はあとをたちません。(注)
確かに2007年8月に起こった韓国人ボランティア誘拐事件を境に外国人の滞在および移動への制約が強まり、JVCも日本人スタッフの農村部への移動を控え、日本政府より事業実施において日本人がアフガニスタンに長期に滞在せずに遠隔操作が条件となったため、08年1月からは日本をベースとした遠隔操作体制に移行し、2ヶ月に2度の日本人スタッフのアフガニスタンへの出張、ならび日々現場と日本が連絡を取り合うことで地域医療事業ならび教育支援活動を継続しています。
そのような中、ゴレーク診療所を中心とした活動は05年より開始していますが、診療所、地域保健員、伝統産婆という3つの保健アクターの連携が深まり、地域住民のJVCの活動への関心が高まってきています。診療所のみだけでなく出張母子保健活動、伝統産婆のフォローアップを継続し、既に養成した男女合計28人のコミュニティ・ヘルスワーカー(CHW、地域保健員)を毎月2回JJVCスタッフが訪問し、月前半に月例追加研修と薬品と傷の手当のキット配布、後半にキット使用状況と患者への投薬活動の報告を受けています。また、今年1月から2月においては72名の小学校低学年担当教員ならび校長先生に対して、教科書指導書の配布および、指導書と教授方法についてのトレーニングを実施しました。しかし、またまだ課題もあり、常に多くの薬を要求してくる住民の「医療信仰」「抗生物質薬剤信仰」ですが、過剰な薬投与の危険性を住民にこれまで以上に伝えること、今年実施予定の健康調査の実施を元にして村での予防医療への移行を行っていきます。
この間、日本では対テロ特措法の延長論議でアフガニスタンが注目され、この機にあわせ、テロ特措法延長に反対するJVC単独声明に引き続きJANN(日本アフガニスタンNGOネットワーク)の参加6団体による「アフガニスタン復興支援に関する要望書」を国会議員などに提出し軍隊による人道援助の危険性等を訴えました。NGO6団体共同で、軍事ではなく日本の平和的なイメージに基づく支援を要望する内容を各政党に提出し、公明党、民主党とは外交政策にかかわる部会で意見交換をしました。私が会った県の教育局長は日本の支援は他国と違い、平和的なものだ。日本のNGOの存在が重要だといっていました。
今後もJVCは、アフガニスタンの将来を考えた支援のあり方、それは今の国際社会が行おうとしている軍事強化によるものでなく、法の支配、和平協議、復興支援をはじめとする平和的なアプローチを訴えていきます。アフガニスタンの人々と共に私たちは活動を継続していきますのでこれからもよろしくお願いします。
(注)その事件を受け、4月末のジャララバード民軍調整ミーティングにおいて以下のことを米軍PRTに我々は訴えました。
1 軍用車両および軍人は医療施設に立ち入ってはならない。
2 UNおよびNGOへの治安情報機関によればゴレーク地域は安全とされている。何故そこでPRTが活動を行うのか?
3 米軍による食料配布が行われた後、JVCスタッフは治安上の懸念を感じている。
4 PRTは自ら武装自衛しているが、NGOにはそのような防衛措置はない。PRTが立ち去った後、住民がNGOとPRTがつながっていると見なした場合、NGOのスタッフを誰が守ってくれるのか?
2007年11月15日、バングラデシュ南西部を巨大サイクロン「シドル」が襲い、死者・行方不明者約4千名、被災者総数890万人という甚大な被害が出ました。シャプラニールではアーユスの皆様はじめ、多くの方々から募金をお寄せいただき、救援から取り残されがちな人々やニーズに着目しつつ、現地NGOをパートナーとして救援活動を行いました。(写真左は、最南端の村へ物資を運ぶ船)●シャプラニールの救援活動〜現地のリソースを使い、人々の生活習慣に即した支援を
シャプラニールは第一次救援として、被害の大きかったバゲルハット県ショロンコラ郡で食糧・衣料等の配布、池の清掃などを実施しました。また、モングラ港対岸地域でセックスワーカーとして働く女性の子どもたちのため、給食とレクリエーションを行う支援センターを設置。この女性たちは日ごろから強い差別を受けており、政府の救援は一切届きませんでした。(写真右は、サイクロン3日後に倒壊した家の上を歩く人々)
第二次救援では、水、当座の住居、トイレの確保などに重点を置きました。飲料水は、輸送費をかけて遠方から運ぶよりも、現地の材料や労働力で井戸を掘ることを選択。海に近く塩害の多い地域ですが、緊急用に数本に1本でも成功すればよいと断行した結果、20本の井戸すべてから塩気のない水が出ました。計108ヶ所で行った池の清掃は、倒木やゴミを取り除き、生石灰を撒いて汚物を沈殿させるという単純な方法ですが、池を生用水として使い慣れている村人にとっては重要でした。また、51基設置した簡易トイレは、とくに女性たちに喜ばれました。(写真左は池の清掃に奮闘しているところ)
このほか、バゲルハット県同様に被害の大きかったボルグナ県にも支援を拡大。スラムなど救援から取り残された地域で食糧を配布したほか、最貧困層の人々に毛布を配布しました。(写真右は、子どもの力でも水がよく出る井戸)第三次救援ではヒンドゥーの被差別カーストなどマイノリティの人々が多い地域で食糧・衣料配布を実施。第四次救援では、将来重要な資格となる中等教育修了試験を控えた子どもたちに、参考書とノートを配布しました。
救援活動が一段落した2月から3月にかけては、今後の復興支援活動のためのニーズアセスメントと、新学期を迎えた高校生への教科書配布を行いました。
●今後とくに支援が必要な人々とは
・ 借金に苦しむ被災者
被災者の多くは現地NGO等からマイクロクレジット(無担保小規模融資)の供与を受けていましたが、多くのNGOがローンを帳消しにしなかったため、網やボート、家畜や作物などの財産を失い、収入の見込みがないまま過去の借金を背負った状態にあり、生活再建のための新たなローンを借りることもできずにいます。
・ 家再建からも取り残される土地なしの人々
今回亡くなった人の多くは、政府の土地である川沿いの堤防の上に小屋を建て、魚を取って暮らしていた貧しい土地なしの人々でした。この人々は政府の家再建事業の対象にならないばかりか仮住居を撤去される恐れもあります。
・ 弱い立場におかれる寡婦(写真下は、倒壊した家の前に立つ寡婦)
漁に出て戻らなかった漁師など稼ぎ手を失った妻たちは、子どもを抱えて経済的にも社会的にも弱い立場にあります。彼女たちが生計を立てていくための支援が必要です。・ ショックから立ち直りにくい高齢者 働き盛りの人々は、苦難の中でも日々の仕事や子育てに気持ちの張りを見出せますが、お年寄りの多くは孤独の中にあり、精神的にも立ち直りが難しい状況にあります。 ・ 顧みられない思春期の子どもたち 救援の中で忘れられがちなのが思春期の少年少女。学業の中断を余儀なくされたり、父親の死で一家の担い手にならざるを得なかったりと様々な悩みを抱えていますが、今後被災地のコミュニティを盛り上げていく担い手として大きな可能性を秘めているのも彼ら・彼女らです。 ● 今後の復興支援活動 シャプラニールでは、被災地の若者たちを担い手として地域の寡婦や高齢者、子どもたちを支援していく活動を検討しています。被災者を受身な「被災者役割」に封じ込めず、いかにして自らのコミュニティの立て直しや、今後の災害に備える基盤づくりの主役となってもらうか。少し時間はかかりますが、被災した人々が目を輝かせて地域の取り組みを語れる日を目指します。 最後になりましたが、今回の救援活動にご協力いただきましたこと、厚く御礼申し上げます。




Vol82 未来を見つめて、アフガニスタンの人々とともに歩む 混迷深まるアフガニスタンで高まるNGOへの期待